本人情報シートのメリット
成年後見制度の必要性を検討し、実際に制度利用につなげる場合、本人の判断能力の評価のために、医師との情報共有などで、本人を見ている視点や見えているところからくる本人理解の違いが起こり得ます。
こうした中「成年後見制度の利用の促進に関する法律」が施行され、それを具現化する基本計画が示されました。
後見の申立てには医師の診断書が必要になりますが、診断書を補完する資料として「本人情報シート」が導入されました。
目次
本人の生活や意向を伝える
成年後見制度の申立書類を受けつける家庭裁判所では、これまでも医師による診断書をもとに後見の種類、あるいは、成年後見制度には該当しないという判断が行われてきました。
もちろん、診断書等の書面だけでは判断が難しい場合には、本人や関係者との面談や鑑定を行い、決定することになるのですが、実際に制度を利用し始めた本人や関係者からは、
「こんなはずではなかった」
「自分でできることもできなくなってしまった」
「財産管理だけではなく生活も管理されているようだ」
…という声が少なくありませんでした。
こうした中、本人にとってよりよい生活を保障するための運用面での改善を行いながら、真に必要な人が制度を利用できることによって、地域の中での等しく生きる社会の実現を具現化し、権利擁護のための支援の提供が目指されることになりました。
診断書の改定
成年後見制度の申立ての説明資料には、医師による診断書が必要であると書かれています。
この診断書は、本人が制度を利用する対象者であるかどうかを医学的判断から診断する必要があることから、一般的な意見書や診断書とは異なる項目もあり、おのおのの裁判所で独自に書式を定めているところもあります。
要介護認定や障害認定のための意見書等とは異なる取り扱いになることから、医師や医療機関がこの診断書を作成することを躊躇する場面も少なからずあります。
しかし実は、申立てに必要な書類は、民法上は「医師による診断書等」と記載されており、必ずしも医師の診断書でなくてもよい場合もあります。
実際に医療機関とどうしても接点が持てない方に対して受診を勧めている間に権利侵害が進行してしまうようなケースでは、保健や福祉の関係者が日常生活の状況から判断能力について言及したレポートを提出することによって、後見開始の審判がなされることもあるようです。
また、医師が記載を躊躇したり、本人の状況から解離した診断書となってしまったときに、保健福祉の関係者が本人の日常生活の状況を丁寧に伝えることで、診断書の記載内容が本人の実状に見合ったものになるということも少なからずあるようです。
このような実態も踏まえ、最高裁判所は、全国的に統一した診断書の書式を検討しました。
新しくなった診断書の書式では、意思決定の考え方を踏まえ「支援を受けて契約等を理解・判断できるか」についての意見を求める表現に改定されました。
さらに、判定の根拠を明確化するために、
① 現在の年月や時刻、自分がどこに居るかなど基本的な状況把握の見当識
②他人との意志疎通
③理解力・判断力
④記憶力
…の4項目について記載欄を新設しています。
このように診断書を改定するにあたっては、医師が診察時だけの情報で記載するのではなく、本人の日常生活でのさまざまな場面における意思決定のあり方や支援の提供のされ方、また、それを本人がどのように捉えているのかを判断するための情報提供が必要となったのです。
「本人情報シート」とは
「本人情報シート」を記載するのは、最高裁判所が作成した「本人情報シート作成の手引き」に書かれているとおり、本人にこれまでかかわってきた社会福祉士、精神保健福祉士などのソーシャルワーカーの福祉関係者となっています。
具体的にはこれから設置が進む中核機関の職員や、地域包括支援センター、障害者相談支援事業所、権利擁護支援の相談を受ける社会福祉協議会などの職員や、介護支援専門員、施設や病院の相談員などが想定されます。
記載する内容は、客観性を保つために記載者の独断的主観的評価とならないよう注意が必要です。
そのため、シートの記載者が本人や支援関係者とともに丁寧に本人の意思決定支援に取り組んできたという経緯がなければ、このシートは本人にとって有益なものにはなり得ません。
福祉関係者が評価を行う際に、どうしても本人ができないこと、困難だと感じることに焦点をあて、本人側からの視点だけではなく、支援関係者側からの困難性が本人の課題にすり替わるということも生じます。
しかし、この「本人情報シート」は、一つの事象をとらえたときに、本人の強さや、自分一人では対処が困難であっても、支援関係者の力を活用できることで、解決に向かう強みなどを引き出したうえでの本人の意向を確認し、これまで存在しなかった後見人などが選任された後に、どのように本人の生活や本人の意向が変化していくことが予測されるのかを書くことが可能となります。
活用が想定される3つの場面
「本人情報シート」は、諸外国で多く活用されるソーシャルワーカーが書くソーシャルレポートに近いものです。
申立てのときに医師に提供される補助資料としてだけでなく、さまざまな場面での活用が想定されます。
前述の「手引」に明記されている以下の3つの活用場面から解説します。
申立て前の成年後見制度の利用の適否に関する検討資料として
成年後見制度の申立ては、いきなり対象者が発見されて、制度の利用につながることもないわけではありませんが、多くの場合は申立てのタイミングをどう考えたらよいのか、という検討から始まります。
高齢者に認知症が発症し、徐々に進行していくなどという場合もありますし、知的障害者の親が高齢化し、いつ制度の利用を検討するのかということもあります。
精神疾患のある方については、自分でできるときと、状態が悪化し多くの支援が必要となるときの状態の変化の幅が広く、また、その期間も長かったり短かったりと、安定しない状況があります。
このような、成年後見制度の利用が必要なのかどうか、また、他の支援体制で本人をしっかりと支えていくことができるのかどうか、という、支援方針を検討する場面でも大いに活用できます。
つまり、成年後見制度の申立てありきではなく、申立てが必要なのかどうか、それは今なのか将来においてなのか、本人のできること、本人の意向を丁寧に見ていくプロセスとして重要だということです。
家庭裁判所における成年後見等の選任のための検討資料として
申立てがなされた後、後見人などによる支援内容や適切な候補者など、申立てにあたっての準備や役割分担を検討する際にも活用できます。
単純に、法律職の専門家がいいのではないか、福祉職がいいのではないか、市民後見人でも大丈夫か、ということではなく、本人にとって弁護士の◯◯さん、市民後見人の△△さんという候補者の推薦が必要です。
そのためには、本人と候補者が事前に会うというプロセスも外すことができません。
このように推薦された候補者であれば、家庭裁判所にとっても明確な根拠のもとに、本人にとってふさわしい人を後見人などとして選任することができるのです。
後見事務の検証と事務方針策定のための資料として
後見制度につながったあとのモニタリングは重要です。
財産状況の確認だけではなく、身上保護における見直しが本人にとっては重要であることがようやく指摘され始め、後見人等を含むチームへの支援内容や後見人の交代、類型や付与された権限の範囲の見直しなどを検討することが可能となります。
後見人が選任されたのだから、あとは後見人に任せて、本人のまわりにいた親族や関係者が一斉にいなくなってしまうということがないように、権利擁護支援のための地域連携ネットワークづくりは、後見制度を利用した人が孤立してしまわないよう、引き続きチームで本人を支える体制を維持するということでもあります。
「本人情報シート」はA4サイズ2枚
「本人情報シート」は2枚つづりで、選択項目と自由記述で構成されています。
自由記述は「日常・社会生活の状況」「金銭管理」「意思決定支援が必要となる日常・社会生活状況の課題」などです。
作成にあたって求められる視点は、
・本人の意向をどのような関係者がどのようにとらえているか
・意思決定支援をどのように行ったか
・意思をどのようにとらえ、結果を導いたか
・意思が明確でない場合の判断根拠はあるのか
作成者の主観や評価を加えず、客観的な事実を書くこと、またできないことや困難なところに重点を置くのではなく、ストレングスや可能性に着目することも求められています。
シート記載のためにあらためて本人の状況について調査する必要は、必ずしもありません。
あくまでも目的は個別性を重視し、本人と向き合うためのシートなのです。
本人の能力や状況の変化
後見制度を利用したからといって、本人は二度と自分で何かを決定したり、実行したりすることができなくなるわけではありません。
そして本人以外の第三者である後見人などが、本人に代わって行為をなすことができる状態になった場合は、常にその見直しをしていかなければ、後見人などによるやりすぎ、越権行為が生じてしまう危険性が高まります。
本人と後見人の関係性も状況によっても変化していきます。
成年後見制度を利用するということが決まった後にも、定期的に見直され、本人にとっての必要性や支援のあり方を検討し直す必要があるのです。