人間は、セルフケアをする存在です。
死亡宣告をされた人は、セルフケアが全くできなくなった状態です。
その代理を行う、または代理をする家族のサポートをすることが死後ケアです。
私たちがご遺体を、その人らしく整えるのは、ご本人に代わって行うということです。
死後ケアとは、死後の身体変化を踏まえた遺体管理法を取り入れ、保清や身だしなみを整えることです。
これは、ご家族の意向を重視し、柔軟なコミュニケーション能力が重要となります。
亡くなった患者さんのご家族は、臨終直後の対応に関する情報がほとんどありません。
私たちは、必要なことをわかりやすく説明し、その上でご家族に、どうしてほしいのか?
…を考えます。
当然のことながら、一方的な声かけや説明では、コミュニケーションになりません。
ご家族のさまざまな疑問点に答えることが大切なのです。
また、声かけや説明の言葉に、話す側のスタンスや配慮が反映されますので、私たちがどういう理由で、どのようなケアを提案したいのか?
ケアする側の考え方をしっかりと理解している必要があります。
このように考えると、ご家族への声かけや説明の言葉を考えることは、具体的な死後ケアを検討することなのです。
「死後ケアのシナリオ【令和版】」は、死後ケアの流れや配慮すべき点を、声かけと説明例でご紹介します。
目次
患者さんファーストの死後ケア Simple Step By Step
生きているときと同様にご遺体を気遣う
私たち日本人は、「寒くないか」「痛くないか」「苦しくないか」と、生きているときと同様にご遺体を気遣います。
ご家族などの近親者は、臨終の告知を情報として受け取っていても、心の中では生きているときと同じ感覚でご遺体を見ています。
「冷やしたら寒くてかわいそう」「鼻に綿をつめたら息苦しそう」また遺体らしい外見にすることに対し「手は組ませないでほしい」「顔に白い布はかけないでほしい」などを聞くことがあります。
死後ケアの感染対策は、標準予防策でよく、遺体らしくする“ならわしごと”は、葬儀社が後から対応することができます。
亡くなっても患者さんであることに代わりはなく、生きている患者さんと同様の接し方をすることで、ご家族の反応はよくなります。
生きているときと同じように接することで、苦痛のない姿勢を…と、配慮したり、体を動かすときに「右側が下になりますね」という言葉が自然に出てきます。
そのような対応は、生きているように見ているご家族の感覚に添うことになり、それが人として、大切に扱ってくれているという印象に、つながるのではないでしょうか?
声かけが不可欠な時代
これまでの参加の声かけは「ご一緒になさいませんか?」が定番でした。
しかし、現在のご家族は、経験も情報も乏しく、具体的なイメージを持ちにくいようです。
清拭や着替えを一緒に行うことが、最期の看取りの貴重な場面になりうることや、儀式の準備の雰囲気がまだ訪れていない、かけがえのない場面であることなどを知りません。
そのため「ご一緒にと言われても」と困惑したり、気持ちが引けてしまい「しなければいけないのですか?」「普通、一緒にやるものなのですか?」といった声が聴かれる場合もあります。
それほどに、死をめぐる一連の場面を知らないのです。
また臨終後の身体には「勝手に触れることはできない」「遺体の扱いは決まった方法があるので、自分たちの希望を述べることはできない」と、思っているご家族もいます。
もちろん無理強いはしないとしても、参加をうながし、誘う声かけが必要です。
ご家族が、自分たちがこの場面において、中心的存在であり、口をはさんだり、手を出しても良いのだと感じるような接し方や言葉選びも大切です。
声かけと説明の話し方
行うことや流れが決まっていて、皆がそれをあらかじめ了解しているお通夜や告別式などとは違い、死後ケアの場面では話す内容を確実に、ご家族に伝えることが大切です。
はっきりと発音
ご家族の心痛を察し、声を出すのもはばかられる気がするのは分かります。
しかし弔問客がお悔やみを告げるときのように、モゴモゴと発音しては言葉の意味が伝わらず、相談しながら進めることができません。
声は適度な大きさ
小さな声は、基本的に避けるべきでしょう。
相手にとって聞こえづらいばかりか、室内にいらっしゃる別のご家族には、ヒソヒソ話のように見え、不安や疑念を呼ぶおそれがあります。
とはいえ、室内から廊下にいらっしゃるご家族を呼ぶなど、相手と距離のある場所から発する声は、大きくなりやすいので気をつけましょう。
声かけや説明をする相手との距離は、ベッドを囲む位置までを目安とします。
ご家族が声を上げて、泣いて悲嘆の表出をするのとは違い、不謹慎な印象をもたらします。
やや低めの声を意識する
ハッキリ発音しようと力が入りすぎると、いつもより声が高くなってしまう場合があります。
あなたらしい声の範囲内で、落ち着きのある、穏やかな印象を与える低めの声を意識します。
マニュアルを読み上げるように話さない
時間が十分にとれず、早めに事を進めたい時など、話し終わることが目的になり、独特な調子の早口になってしまうことがあります。
一気に話さず、間を置きながら、気持ちを込めて話すように心がけます。
また途中で話を止め「ここまでのこと、よろしいでしょうか?」「疑問な点はありませんか?」と確認するのもよいでしょう・
いつもの話し方をガラリと変える必要はない
別人になったように、大幅に話し方を変える必要はありません。
地元の言葉でコミュニケーションをとっていたなら、死後ケアでいきなり標準語にしたりせず、今まで通りの方が、ご家族は安心して過ごすことができるでしょう。
綿つめをしない理由
鼻や口への綿つめは、すでに出血がある場合など、必要性を感じる場合を除いて行う必要はありません。
- 綿は栓の役割を果たさない。
これは、肛門への綿つめと同様です。
時間が経ち腐敗が進んで体腔内圧が高まり、口や鼻から漏液があるときは、つめてある綿などに関係なく、流出することが分かりました。 - ご家族は綿つめにつらい印象を持つことが多い。
生きている時と同様に気遣うご家族としては、綿をつめられると息苦しそうなど、つらい印象を持つことが分かりました。 - 死の印づけとしての“ならわし”は死後ケアでは行わない。
口や鼻への綿つめについて、看護職の中には、流出を防ぐだけではなく、儀礼感覚で行っている人もいるようです。
死の印づけとしての“ならわし”は、必要ならば後で行えばよいことです。 - 死後ケア時に、すでに出血している場合は、綿つめによって応急的におさえます。
死後ケアを行う時点で、出血などが見られる場合は、ご家族は、その出血をおさえてほしいとご希望されます。
鼻や口からの漏液が起こる状況は、二つに分けられ、一つは死後ケア時や帰宅時など早い段階の出血で、拭う、つめるなどの判断をします。
もう一つは、腐敗が進んだことによる体液の流出で、綿つめよりも、適切な冷却などをして、腐敗をおさえます。
高分子吸収剤商品
綿つめの代わりとして、高分子吸収剤ゲルをシリンジに入れ、そこにノズルが付いた商品があります。
しかしこれは、腐敗が進み体内圧が高まると、そのゲルが鼻や口の外に出てきてしまい、さらにゲルゲル鼻腔内や口腔内に、こびりついてしまい、拭いにくくなってしまいます。
説明書にある所定の位置までゲルが届かず、鼻の入り口などに注入されがちなことも、ゲルが外に出てしまう原因なのかもしれません。
綿つめはセッシで…
鼻や口に綿つめを行う場合、割りばしを使うことで、粘膜に傷をつける可能性があり、出血が止まらなくなるおそれがあります。
生きている患者さんと、区別しないというスタンスで、医療処置に使用するセッシを使うのが自然です。
下腹部を圧迫して排便を促す行為
便を少し体外に排出させたとしても、その後腐敗などが始まる腹腔内の環境に、プラスの影響はありません。
また、死後の身体は皮膚だけではなく、腹腔内も脆弱になっていきますので、腹部圧迫が臓器の破損など、悪影響を及ぼす可能性もあります。
そして、死後ケアの限られた時間を、保清や身だしなみの整えなどに使った方が、穏やかな看取りの場面になります。
その人らしいメイク
その人らしくメイクするのは、とても難しいのは当然です。
私たちが、その患者さんに会うのは、病気になってからがほとんどで、その人が元気に活躍している様子は知らないのですから…
ご家族が思うその人らしさとは、元気なころのその人の表情であり、姿なのです。
その人らしさとは、ご家族の記憶の中にあると考え、その人らしくするためには、ご家族に尋ねることが必要になります。
細かに尋ねながらメイクしたことによって、その人らしくなるのです。
顔は、その人らしさが集中した部分ではありますが、顔だけではなく、髪の分け方はどうだったか?
前髪はどんなふうにしていたか?
愛用のヘアトニックはあったか?
…など、細かく伺えば伺うだけ、その人らしさにつながります。
コスト
診療報酬の範囲外である死後ケアの料金は、療養の給付とは直接関係のないサービスとして、実費請求が認められています。
料金設定は施設独自に行われ、5,000円前後から1万円くらい、施設によっては5万円程度を死後処置料として請求しています。
ある病院の場合、病棟6,000円、外来1万円です。
事前に、死後処置料の承諾を書面で得ている病院もあります。
死後処置料の算定例
患者さん1人あたりのコスト(a+b)+技術料=死後処置料
a=人的コスト(処置にかかる平均的な時間×処置に必要な人数)→スタッフの平均時間給から算出
b=物的コスト(必要物品)